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2008年04月26日

バカについて

とある新聞記者に、バカについて取材をうけた。バカとは何か?バカと笑いの関係は?等々問われ、色々話してみて「ネガティブ情報をどうポジティブに扱うか」という点に、自分の興味があるんだな、と再確認できた。

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2008年04月25日

気配を消すということ

たまたま素人の漫画を色々みる機会があったのだけど、ギャグ系の場合、笑わそうという気配をだしてしまっているものが多く、笑えないものが多い。

笑わそうとするのも一種のエゴなので、笑わそうとすると見ている人に反発心がおこってしまって、笑わなくなる。プロの作品は、この笑わそうとする気配を消しているものが多い。気配を消していると抵抗にあわないから、心に刺さる。

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2008年04月24日

無駄遣いのための無駄遣い

パチンコ誌「必勝ガイドNEO」が発売されてます。今回は、、、

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「無駄遣いのための無駄遣い」

「自分のためのご褒美」と、女性はよく贅沢する時に言います。しかし、男性でこのように言う人はあまりいません。この違いはどこから生まれてくるのでしょうか?

まず、「自分のためのご褒美」という表現の特徴は、純粋に人の内面的な表現であり、物質的な側面がない、という面があると思います。そして、女性は内面的な気持ちよさに敏感で、その気持ちよさのために様々な行動をしているように思えます。

例えば、女性特有の井戸端会議は、男から見てなにが楽しいのだろう、と思うときがあります。とある女性のマーケターの人は、それは話そのものが楽しいというよりは、仲間と「分かり合えた感」が心地よいからやっているのだ、と言っていました。

このような、「心地よい」「安心」だとか「○○感」というのを、認知心理学等では、内発的報酬、と呼ぶことがあります。一方、その対として、お金、クルマ等の物質的な報酬を、外発的報酬、と呼びます。

あらためて、このエッセイのテーマである無駄遣いは何かと定義すると、投資にたいしてリターンが少ない状態を指すと思います。そして、リターンとは、前述の内発的報酬と外発的報酬に分かれます。

問題なのは、物質的なリターンである外発的報酬があったかなかったか、というのは明白にわかるのに、その人の気持ちである内発的報酬は、他人にはわかりようがない、ということです。

「失楽園」で有名な作家の渡辺淳一氏は、恋人の一物を切り取って話題になった阿部定事件の阿部定を、もしかしたらこの世の中で一番幸せな人だったかもしれない、と言っています。というのは、彼女がそこまでするにいたった、恋人と過ごした快楽を、他人は推し量ることはできないからだ、といいます。

(続きは雑誌で)

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2008年04月23日

memo

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2008年04月17日

兜ゲーム

奇妙なゲームをしている夢をみた。

お互いに鎧をきてて、相手の武将を捕らえて無理やり兜をかぶせる。
しかし、その武将が、こんな兜じゃ嫌だ、というと、違う兜をもってきて、また無理やり取り押さえてかぶせて、相手が兜に満足すれば勝ち。

ゲームとして破綻してるよね。目覚めて爆笑した。35歳です。

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追記、これは最近、現在が過去を規定する、ということを考えている影響なのだろうか?上記の話は、まず兜が相手から見て満足なら、なにも無理やりかぶせなくてもいい、という話なのだけど、

最初いやでも後でよかった場合、もともとこれは良かったことなのだ、と、現在が過去の否定の状態を肯定する場合がある。このように、現在の状況によって、過去どうであったかはカンタンに変わってしまう。この辺を考えてから上記の夢を見たのだろうか?自分の夢はわからないね。

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2008年04月10日

文章の臭みをとる、ということ

なぜかしら、ここんとこ他人の文章を見る機会が多くなったのだけど、その多くが「上から目線」という臭みをもっている事が多い。

「上から過ぎ目線」だと、笑いや芸風になっていいのだけど、中途半端な上から目線は反発しか買わない。しかしやってしまう。

というのは、自分が上である、と思わせたほうが、コミュニケーションは上手くいく、という幼児的な考えが背景にある。この背景には、両親と子どもである自分のコミュニケーションのイメージがある。

このイメージが強いと、自分は両親側に立って、読者を幼児とみなして強引に読ませてしまう。しかしこれらは無意識なので、上から目線はやめたほうがいい、といっても、当人がそもそも上からだと思っていない、ということになる。

と上から語ってみるテストでした。


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2008年04月09日

山形の日常風景

今年冬に発売予定の「ご当地バカ百景2」
の山形県の風景です。by トシBさん

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2008年04月03日

快楽論

すべての人は同じ動機で行動している。それは痛みを避けて快楽を得ようとしている、ということだ。人によって何を痛みと連想し、何を快楽とするかが違うだけである。人生の質は連想の質である。(ジェームス・スキナー)

自分が今なにを快楽としているか、を知ること。
その結果何がおこったかを総括すること。
そしてこれから何を快楽としようか、と決めること。

だけが人生ですね。反省。

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2008年04月02日

道楽的職業

パチンコ必勝ガイドNEO5月号が発売されています。

今回のテーマは「道楽的職業」

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「アーリー・リタイヤ」という、30代や40代で仕事を終えて、あとはそれまでに稼いだお金で悠々自適に暮らす、というスタイルがあります。この目的の場合、いかに短期間で高収入を得るかが重要なのであり、仕事を長期間やるのは無駄なわけです。一方、「ワーキング・プア」と言う、働いても低賃金で報われない、という社会現象があります。

この二つの現象は、仕事自体を労苦とした考えですが、もし働くこと自体が快楽であったなら、どうなるのでしょうか。「ランナーズ・ハイ」という、長距離を走っていると気持ちよくなってくる現象は有名ですが、「ワーキング・ハイ」とでも言うような、集中して仕事をしているうちに気持ちよくなってくる時があります。

アインシュタイン博士は、彼の授業を受けたことのある人によると、ベルトの代わりにロープでズボンを縛り、チャックはよく開いていたそうです。そして黒板に数式を書き続け、自分の書いた数式を見ながら、時折、こみあげてくる喜びを抑えられないように、「ハハハハ!」と楽しそうに笑うことがあった、と言います。

この例は極端ですが、彼が結果を出せたのも、彼が誰よりも思考を楽しんでいたからかもしれません。夏目漱石は、「道楽と職業」のなかで、職業自体は、他人の好みにあわせる場合が多く、苦労するものだが、一方、どうしても他人本位では成立たない「道楽的」な職業がある、と述べています。

『それは科学者哲学者もしくは芸術家のようなもので、これらはまあ特別の一階級とでもみなすよりほかに仕方がないのです。

哲学者とか科学者というものは直接世間の実生活に関係の遠い方面をのみ研究しているのだから、世の中に気に入ろうとしたって気に入れる訳でもなし、世の中でもこれらの人の態度いかんでその研究を買ったり買わなかったりする事も極めて少ないには違ないけれども、ああいう種類の人が物好きに実験室へ入って朝から晩まで仕事をしたり、または書斎に閉じ籠って深い考に沈んだりして万事を等閑に附している有様を見ると、世の中にあれほど己のためにしているものはないだろうと思わずにはいられないくらいです。
(中略)
もっとも当人がすでに人間であって相応に物質的嗜欲のあるのは無論だから多少世間と折合って歩調を改める事がないでもないが、まあ大体から云うと自我中心で、ごく卑近の意味の道徳から云えばこれほどわがままのものはない、これほど道楽なものはないくらいです』

(続きは雑誌で)

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