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蹴るときに、一旦足で地面を蹴って
反動を利用する、筋力に頼る場合と、
軸足を浮かして重力を利用する方法
の二つがある。
目的は同じであっても、二つ以上の
到達方法がでてくるのは何故だろう。
自分が傷つかないために、心の壁を
あつくしていく人もいれば、自尊心
を無くすことによって、透明化する
ことによって達成しようとする人も
ある。
二つの方法のどちらを選ぶかで、
積み重なれば、まったく別の人間に
なってしまう。
このへんの、どちらを選ぶか、と
いう事前情報を、どこかであつめ
られないか。
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友人に、「となりにすんでいる緑のおばさんに似てる!」
と言われたことがある。
緑が何を意味するのかわからないが、
一般人同士で、あー、この人にてるなあーって情報
どっかにあつまらんかなあ。
日本横断、自分に似ている人に会うツアーとか。
似てる人だけで飲み会するとか。
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さきほどDNSを書き換えたので、
徐々に見れるようになると思います。
ながらくすいません。
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chakuwikiですが、負荷増大に伴う
サーバ入れ替え作業のため、
現在閲覧できなくなっています。
進捗あればここで報告しますので、
申し訳ありませんがしばらくお待ちください。
ちなみにコツウィキは地味に稼動しています。
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躍動するゲロの写真コンテストだそうです。
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世界陸上で、ゲイ選手が優勝したが、
おかしな名前の選手ばかり集めた選手権があればいいなと思った。
昔バカというボクサーがいたよね。
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・空気を破る技術
・我輩はMである
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道端で父親にダダをこねている3歳くらいの女の子を見かけた。
泣いているのはあたりまえで、路上でもんどりうってアピール。
みごとなダダのこねぶりに圧倒された。
3さいといえど、ダダをこねる技術では私に圧倒的に勝っている。
ダダをこねる選手権があれば、ぜひ見に行きたいと思った。
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chakuwikiの横浜駅の項目がやけに充実している件
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先日買った天狗の面が、
突然ガタガタと動いてポトリと落ちる夢を見た。
怖くて家にあまり帰りたくなくなってきた。
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痛すぎて
心の位置を
とくと知る
(滋賀県/中学2年/谷口)
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に連載中のバカマネーの法則。今月号が発売になったようです。
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いつもはお金の無駄遣いを探るこのコーナーですが、今回は、お金と共に、大事だけど無駄遣いしやすい「時間」についてです。
歴史上、もっとも時間が無駄にされた物は、ピラミッドではないでしょうか。様々な謎が込められているとはいえ、根本的には、王様が「死後にいい思いをしよう」という目的で作られた装置でしょう。そんな、結果が見えない抽象的なもののために、奴隷がどれだけの時間を消費したのか。しかも、できたものが三角形!というシュールさ。
建造物で言えば、現代の建築よりも昔の宗教建築がよほど時間を消費しています。昔の大聖堂や寺などは、現在のおおざっぱなものとは違い、非常に精巧に装飾されています。これは、神のためだったり権威を示すためだったりする、抽象的な目的があったからです。
ひるがえって現代では、そのような抽象的な目的よりも、いかに住みやすいか、といった実務的な目的が多いため、無駄な装飾はされず、時間も短縮されています。
上記のように、時間を消費する場合、「果てしない抽象的な目的」を背負わされている場合が多いように思います。
(続きは雑誌で)
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「いつかあなたはあの男を愛さなくなるだろう」
とベルナールは静かに言った。
「そして、いつか僕もまた あなたを愛さなくなるだろう」
我々はまたもや孤独になる。
それでも同じことなのだ。
そこに、また流れた1年があるだけだ。
「わかってるわ」とジョゼが言った
『ジョゼと虎と魚たち』より
これいいなあ。
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星新一の作品に「鍵」という短編がある。
人生に物足りなさを感じていた男はある夜、道端で不思議な形をした鍵を拾う。その鍵で開いたドアの向こうに新しい世界が広がっていると信じた男は、その鍵で開くものを生涯探しつづけるが、やがて老いがやってくる。
あきらめて、自室にその鍵で開くドアを作って眠りについた夜、ドアの向こうから女神が現れ、若返りと不老長寿以外なら何でも望みを叶えてくれるという。その時、少し考えて男は答える。「いまのわたしに必要なのは思い出だけだ。それは持っている」
この話しのなかで、「鍵」と「思い出」というものが
象徴するものは何かと思っていたのだけど、鍵が「条件」
や結果で、思い出が感覚や過程を象徴しているのかと思った。
似た話しとして、田坂広志氏の「なぜ時間を生かせないのか?」で紹介されている下記の話しがある。
1990年にアカデミー賞を受賞した女優の、ウーピー・ゴールドバーグが、ニューヨークのアクターズ・スタジオで、俳優修行をする若者たちからの質問に対して、味わい深い答え方をしています。
「我々は、将来、役者になることを夢見て、毎日、毎日、厳しい修練を積んでいます。こうした我々の努力は、いつか報われるのでしょうか」。この質問に対して、ゴールドバーグは、暖かいまなざしで答えています。
「いま、あなたがたは、いつか役者になりたいとの夢を持ち、素晴らしい仲間とともに、励ましあい、助け合いながら、毎日、その夢を求め、目を輝かせて生きているのでしょう」
その言葉に対して、若者たちは、うなづきます。その若者たちを見つめながら、ゴールドバーグは、静かに語りました。
「そうであるならば、あなたがたの努力は、すでに報われているのではないですか?」
この若者に将来、成功の鍵が開かないまま死ぬ間際になって「いまのわたしに必要なのは思い出だけだ。それは持っている」といえるのだろうか。そんなの貧乏くさくていやだね。
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なぜか天狗を買ってしまった。
今は後悔している。
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「目があるから物がみえるというより、
目があるにもかかわらず物が見える」
とベルグソンがいってたような気がするが、
見えているものが脳内現象であれば、
目がなくても見えるわけで、逆に目は
邪魔じゃないか?という意味だっけ。
穴あきチーズの穴が、個々人が見て
いる世界で、チーズ自体が集合無意識、
というモデルがベルグソンが考えてい
た世界感なのかなあ、とふと思った。
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からかえってきました。
報告はのちほど。
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doitu no bamberg ni imasu
doitu omoroi
sayonara
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にちょっと行ってきます。
連絡は、
までお願いします。
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