バカキゾメ
このページ右側のラクガキボードにて、
バカな書初めを書いてみませう。
最後に保存を押さないと消えちゃうので
注意。
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バカな書初めを書いてみませう。
最後に保存を押さないと消えちゃうので
注意。
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書籍「バカの門」掲載の
おこりそうなニュースを挙げる、「ありえるニュース」用のボツイラストより。
※このイラストはボツなので、書籍には他のものがのっています。
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SNSやブログのプロフィールで、「今の機嫌」というステータスが
あったとして、統計をとれば、年間でいつみんなが機嫌よくなって、
または悪くなってるのかわかのかな。
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The Goog Lifeの舞台裏
で、知った、
Netscapeのジレンマ----「会社を成功させるために働く人でなく、成功した会社で働きたいという人が集まるようになった」
が、
ジブリの鈴木プロデューサーがどっかのインタビューで語ってた、
「ジブリは権威になってしまった。新しいものを作ろうという人は、権威に近づかない」というのと似てて面白かった。
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秋の夜、日本海に面した露天風呂に入っていると、
遠くで漁火がポツポツと光っていた。演歌って、
こういう状況だとすばらしくいい音楽に聞こえる。
公園だと焼きそばが上手くかんじるように、
状況によって音楽の聞こえかたもかわるのだろうか。
緯度経度でスポットにぴったりな音楽をセットしていて、
そこにいくと携帯等で勝手にその音楽を推薦してくれ
る、とかありかね。
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建築などでは顕著かもしれないが、
ある形式の寿命は、その形式がどこまで完成に近づい
ているかで計れる。
従来のお笑い形式上にあるチュートリアルの漫才の
完成度と、変ホ長調の出現は、次の形式の予兆かも
しれないね。
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姓名判断で、女性が好きな男の苗字で自分の名前を入れてみる、
って行動は多いのだろうか?
検索語と本名がわかれば、誰が誰のことを好きなのかわかるね。
中学生かおれは。
--
自分よりバカな人を紹介していけば、最後にすごいバカになるん
じゃないか、というプロジェクト?が昔あったのだそうだ。
より○○な人を紹介していく、ってウェブサービス?あるのかね?
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書籍「バカの門」では、
過去の日記をけっこうイラスト化しているので、
一部紹介していきます。
「新しい実験」シリーズ
背景の字を変えると、人が違って見えます。他の人で試して見ましょう。

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脳内音楽をipodがわりに聞いて楽しんでいる人って
いるのだろうか?と思った。
モーツアルトとか、譜面にしてない曲もガンガン脳内
に流れてただろうから、楽しかった?だろうね。
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M-1グランプリ決勝の素人コンビ
「変ホ長調 「セレブ婚がしたい」 」
が面白い。
コメントをもとめられた島田伸介が
「(この笑いを)どう評価してええかわからん」
と、あわてふためいて言っていたのが印象的
だった。
素人であることをいかした風刺と
リアリティ(生活感)がすばらしい。
芸人の笑いは、場をわきまえているため、
風刺に限界があり、芸能人であるため、
リアリティをだしにくい。
その辺を冷静に観察して上手く突いている。
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キリスト教徒がいまだ日本人口の1%以下で、
江戸時代に来た宣教師が「日本語は布教を妨げる悪魔の言葉」
と罵ったといわれる日本人のみなさん、
クリスマスはいかがお過ごしでしょうか。
ここで、スポンサーからのメッセージです。
「戦え」
って小説がありましたね。
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バーカウンターで、「あちらのお嬢さんにこれを」とカクテル
を差し出すベタシーンがあるが、
カクテルではなくて馬刺しを差し出したらどうなるんだろう、
と思った。
「こちら、となりのお客さんからです」と目の前に馬刺し。
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今日はクリスマスなので、
日比谷図書館で武道関係の本を乱読していた。
江戸時代のとある武道家のエピソードで、
毎朝、朝稽古をきっかり4時からはじめるので、
隣近所が彼を時計代わりにしていた、というの
があってわらえた。
同じことでも、
「朝稽古を定時にやっていた」というのと、
「隣近所が彼を時計代わりにしていた」という
のは与える印象が違う。
前者は、誰がいっているのか視点がはっきり
しないが、後者は、明らかに他人の視点であり、
自己言及ではないので信頼がおける。
裁判官は、自分が被告となる裁判の裁判官に
はなれない、と同じように、自己言及というのは
信用されないものだ。
しかし、話はかわるが、これまでの広告は、
ほぼ自己言及だったのではないか。
一方、
ブロガーが企業にお金をもらって記事を書く
仕組みで、よくできたサイト、payperpost
では、広告主は、自分の商品について、
「プラスのことだけ書いて」というのと、
「マイナスのことも書いて」というのが
選べる。
しかも、結構「マイナスのことも書いて」
ってのが多い。企業が、クチコミという、
他者言及型の広告に対して、マイナス
もかかれた方が真実味がでる、という
態度をとりはじめているのか。
自己言及型広告と、他者言及型項目
の区別があいまいな昨今、混乱は
しばらく続く。
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投票は年末まで。
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「飲みすぎだ!」とか、「遊び過ぎだ!」とか、「○○過ぎる」という過剰な行為は、
非難されるものだ。
しかし、「祝い過ぎ」はどうだろう?
結婚式で、「これ祝い過ぎだろ!」と激怒する人はまだ見たことは無い。
もともと、お祝いは、物質的には無駄な行為である。無駄な行為を過剰にやる
からこそ、おめでたい感がでる。
過剰さこそに意味がある場合は、過剰さについての非難は受けにくい。
しかし、これは抑えるものが少なくなり、危険ではないか。
名古屋の銀行に勤めていた友人が、結婚する娘のために、3000万のローンを
組みにくる父親を見たことがあるという。
これはいくらなんでも、祝い過ぎなのではないか。
祝い過ぎを指摘する理由があまりないため、祝いは際限がない危険なものな
のではないだろうか。
大昔のアフリカで、酋長が他の酋長に、自分の民をささげる、という象徴で、
自分の民を切り殺すことがあったらしい。民をささげられた酋長は、お返しに、
自分の民を切り殺し、死のプレゼント合戦という奇妙な光景が繰り広げられた、
と、とある文化人類学の先生がいってたが本当だろうか。
現在でも、祝いの一種?「貢ぎ」では、女性がホストに大金をつぎこんだり、
男性が外人ホステスに億単位のお金をあげたり、大変なことになっている。
過剰さこそに意味があるものは、「過剰である」ことが抑制の理由になりに
くいので、大変危険だ。
つまり、このことにより何かを言いたかったのだけど、忘れた。
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女性に嫌われるには、「女性というのは」と、ひとくくりにして発言すればよい。
ところで、女性というのは、「サクサク」とか「フワフワ」とかいう擬音がスキだという。
一方、男性なら、「ザクザク」とか、濁音が多いような気がする。
すきな擬音って、けっこう性格を現すと思うのだけど、なら、好きな擬音を選んだら
性格を占えるのではないか、と思って調べてみたら、擬音占いってのがあったけど、
これは生年月日を入れて、自分の擬音を表示させるものなので、考えているのとは
違うものだ。
友人の友人が擬音を研究していると聞いたので、今度話を聞いてみようと思う。
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chakuwikiがアンサイクロペディアと似てますね、
と言われることがありますが、
chakuwikiが求めるのは(バカにとっての)真実であり、嘘ではないです。
主観を追求するもので、客観的なデタラメを求めるものではありません。
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たまたま知ったのですが、
バカ世界地図で旅行を計画している人がいます。
作っといてなんですが、やめたほうがいいと思います。

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Tagle
おもろい住宅検索だなあ、と思ってたら、
イメージソースの伊藤さんが社長なんですね。
伊藤さんの年賀状は毎年革新的ですごいです。
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この日記等をまとめた、「バカの門」が本日より店頭に並び始めます。
よかったら手にとってくださいませ。

表題の「バカの門」とは、
「物事の特徴を極端にしていくと、ある時点から急に笑えるものになる」
という現象を指したものです。
例えば、京都タワーの特徴は、とてもダサいことです。
これを、豹ガラに塗るなどして、さらにダサくすると、バカの門をくぐり、
強烈な存在感を放ち始めます。

欠点や、ネガティブなものと見られている特長も、直すのではなく、
伸ばすことによって別の物に用立てることができないか、と思い、
これまでの日記をまとめてみました。
このバカの門について、尊敬する板尾さんから、
「バカの門をくぐるとそこは真っ白な世界で、
沢山の人が笑顔で拍手して迎えてくれます。
僕は何回かくぐったことがあります。
また行きたいです!」
というお言葉をいただきました。ありがとうございます。
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nota使ってみるテスト。けっこうコツいるね。。
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テレビを見てると、「ふれあいサッカー教室」の紹介があった。
よく、「ふれあい公園」という名前の公園があるけど、
なぜ、「ふれあい」という言葉がよく使われるのだろう。
言葉通りに、見ず知らずの人とべたべたと触れ合うのはイやな
はずだ。なのになぜふれあいなのだ。
「ふれあい」という言葉は、万能ではなく、組み合わせによっては
気持ち悪くなる。
ふれあいエレベーター
ふれあい客室
ふれあいサウナ
といった、もともと他人との距離が近いシチュエーションの場合、
もうこれ以上近づきたくないのか、ふれあいという言葉が気持ち
悪くなる。
なので、公園のように、ある程度の対人距離が確保できる場合
でないとだめなようだ。
かといって、対人距離がかなり離れてそうだと、ふれあいという
言葉に説得力がなくなる。
例えば、
ふれあい砂漠
ふれあい万里の長城
ふれあいエベレスト
のように、場がでかすぎる場合、ふれあうことが難しいとかん
じるのか、「ふれあい」に違和感をかんじる。
第三に、相対する人が、知人の場合に違和感を感じる。
ふれあい家族
ふれあいラグビー部
ふれあい事業部
とかだ。すでに心理的に近いので、さらに近寄るのは気持ち悪い。
以上を考えると、
見ず知らずの他人と、つかず離れずの距離にある場合に、ふれあい
という言葉はつかわれるようだ。
公園のネーミングをするとき、見ず知らずの人が遭遇することはよく
ありえるだろうから、知らない人同士が仲良くコミュニケーションでき
る場であることを明示しようとすると、どういう言葉がふさわしいか?
と考えると、日本語に適当な言葉がない!他の言葉だったらあるの
だろうか?
結局、わいわい、とか、ふれあい、とかしか無いから消去法で
つかってるのかしら、と思った。
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茂木さんの講演で、藤原定家が約1000年前に書いた散文「名月記」
が今だに読まれている、ということを例に、個人的なことを書いていても、
そこに普遍性があるものは、時代を超えて読まれると言及されてた。
今話題にならなくても、死後有名になるブログとかでてくるんだろね。
それがどうしたかはしらんが。
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--
塗装していない側面があらわになっている家の写真を前回アップしたけど、
ブログを書く際に、どこまで他人の視点を意識しているか、というのは、
人によってけっこうばらばらだよね。他者への意識度を客観的に測る
方法はないものか。
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渡辺千賀さんのブログ、On Off and Beyondでバカ日本語辞典を紹介していただきました。
渡辺さんありがとうございます。
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隣の家が取り壊されたとき、
塗装していない壁があらわになっているときがある。
ところで、芸者の白塗りって首までだから、脱いで寝ると、
上の家みたいになるのかなあ、と思った。
表の白い部分が顔ね。
34歳です。
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007の新作、カジノロワイヤルを見た。
あんなのジェームズボンドじゃねー
007は、もっといいかげんで、皮肉屋で、愛情がないんだ。
つまらないいい人になってほしくなかった。
友人から、関西の名物番組「探偵ナイトスクープ」の質が
下がっていると聞く。強引に感動話にして、西田局長を
泣かす方向になってるようだ。
いい人とか、いい話とか、無難な方にいくのはやめませんか。
つまらないから。
子連れ狼の拝一刀のような、壊れまくったキャラって、もう
TVとかじゃだせないのかねえ。
余談だが、みうらじゅんさんが、007は殺しのライセンスじゃ
なくて、セックスのライセンスだ、と言っていた。深いなあ。
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バカ日本語辞典とバカの門の献本は、1ヶ月たったので
一旦終了しようと思います。
多数申し込みありがとうございました。
宣伝よろしくお願いしますw
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Don Normanの最新エッセイを、
携帯で読めるように携帯版借力にセット。
→Don Norman via chakuwiki
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マン盆栽とか、盆栽の亜流をまとめたページないかな。。
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もし人が、
背後霊のポジションからの視点で、自分を背中から見ることが
できたら、自分を客観視できるから行動に変化はあるのだろうか?
そんな装置をどっかで見たような。。
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エレベーターの中の静けさ、ってのはなんだろう。
山の中で、向かいから来た見知らぬ登山者には
挨拶をするのに、エレベーターの中の見知らぬ人
には冷厳とした態度を保つ。
自分と他人との身体的な距離が近いとき、冷たい
態度をとり、反対に距離が離れたとき、温かい
態度をとるのだろうか?
自分と他人との間に保ちたい距離をパーソナル
スペースというけれど、エレベーターとかで
これを犯されると、身体的に近いかわりに、
態度で冷たくされることによって、パーソナル
スペースを心理的に守ろうとするのかもしれない。
ではこれを逆用してと。。。
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バカ日本語辞典が
店頭に並びだしました。
新たに書き下ろされたイラストが盛りだくさんなので、
サイトみてる方もちらってみてやってくださいませ。
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昨日は渡辺千賀さんの「ヒューマン2.0」出版パーティに少しだけ参加しました。
誰かが、こんご、企業と従業員の関係は、雇用関係からaffiliation(協力)関係
に移行する、といっていましたが、「ヒューマン2.0」では、シリコンバレーでの
雇用形態が紹介され、affiliationが一部実現しているようでした。
アフェリエイト(affiliate)は、企業と個人との協力関係ですが、そんな感覚で
企業と雇用者がつながるときがくるのでしょうか。
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今年の赤ちゃんに最もつけられた名前ランキングってのが
毎年でるけど、
同じ名前の赤ちゃんがいなかった名前一覧、って方がみたい。
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大学生の頃、秋田にいい七輪があると聞いて、
その七輪を買いに行くのを目的に東北旅行
にいったことがある。
現地にいって聞き込んでみたのだが、知って
いるものがおらず、市役所で聞いてみた。
聞くと、すでに工場はなくなっており、
元従業員の一人が趣味でつくっているという
情報を得た。
その後役所にその元従業員を紹介
してもらい、なんとか七輪を買うことができた。
えらいとおいところから買いに来てくれて、
とよろこんでもらえた。
たびの目的って、バカらしいのでもいいかもしれ
ないな、と思った。
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スリランカのお坊さんが、
日本のお笑い番組とかについて、
「日本は笑いを買う変な国。スリランカではみんな普段から
わらってるので買う必要がない」とコメントしてた。
水と笑いが買い物になったのなら、将来は空気も買わさ
れるのでしょう。
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たしかに家である。
正しいし反論できないが、そういわれても困ることがある。
砂場で遊ぶ猫を、人が指差して、「猫ですね」
といったとき、どう返答すればいいのだろうか。
「反論できないことをいう人を信じてはいけない」という
言葉を聞いたことがある。
昨日、実家に私宛の架空請求が来ていたと父親から
連絡があった。
差出人は、「財団法人 中央管理事務局」
反論できない名前は怪しい。
反論できないといえば、あいだみつをも反論できない。
「にんげんだもの」という言葉は、反論できない。
しかし、そう言われても困るものがある。
例えば、ニュースの後に「にんげんだもの」をつけてみる。
NHK女子トイレに関係者が侵入。にんげんだもの。
臨床試験で異変 新薬が中止に。にんげんだもの。
教委 異常教師の実名公表へ。にんげんだもの。
もう収集がつかない。
「愛があれば」とか歌う人も、反論できない。
具体性がないものには、反論できない。
「バファリンの半分はやさしさでできている」
というコピーも、意味はわからないが、
やさしさの価値については反論できない。
なぜこのように、反論できないものがあふれて
いるのだろうか。
もしかしたら、たんに反論されたくないのではないか。
具体的に物事を進めようとすれば、反論があるのがあたり
まえだ。
しかし、自分の意見は言いたいが、反論はされたくないので
あれば、あいまいにするか、「愛」といった、否定され
ないものを持ち出せばいい。
そんなモノに意味はないが、傷つかずに意見は言える。
やはり、反論できないことをいう人を信じてはいけない。
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北方謙三の「水滸伝2」、三島由紀夫の「春の雪」
と宮沢 章夫さんのエッセイを4冊読む。
あとはひたすら散歩な休日。老人かよ。
子供の頃に三島をちらちらと読んでしまいにしてたけ
ど、今よむと圧倒的に面白い。読んでないのが多いの
で楽しみ。
三島によると、
「享楽主義者マリウス」のいう享楽は、飲み会とか
を毎日やってるわけじゃなく、ストイックなものらしい。
白が白であるために影が必要なように、快楽はガマン
とセットなのだろうか。マリウスをしばらく調べてみよう。
「春の雪」で、主人公は、ガマンせざる状況をつくって
快楽を得ようとする。
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食べようとする
熊の飼育をしていた人が、
「小熊の頃から育てても、大きくなると私を食べようとするんです」
とコメントしていたときがあった。
とりあえず目の前の生き物を食べようとする、
というのはとてもケモノっぽい。
ところで、今日定食屋で昼ごはんを食べようとしたら、
「チキンおかあさん煮定食」というメニューがあった。
--
まだ使っていないというデザイン
定食屋で割り箸をとると、既に半分われていて、なんだか
気持悪かった。しかしよく考えると、割り箸はなぜそもそも
割れていないのだろうか。割れ目をつくるのと、割るという
工数は、そんなに変らないのではないだろうか。
これは、まだ使っていませんよ、ということを示すことが
大事だから割っていないのだろうか。
ところで、アメリカのテキサスで新車を買った日本人が
いて、ディーラーが500kmくらいその新車に乗って届けに
きて、なんだかイヤだった、と言っていた。
まだ使っていないという演出を欠いているので、
新車感が薄れてしまっているからだ。
パッケージデザインをする人は、この、まだ使っていない感
をどう演出しているのだろうか。パッケージデザインは処女
のごとく、なんてことを考えているデザイナーもいるのだろうか。
反対に、高年齢の童貞男子に対してかんじる「使っとけよ感」
というのもある。
「使っていない感」と「使っている感」を分けているのはなんなの
だろうか。最近の悩みは、そのへんだ。
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いやーすごい。
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ブラジルの新聞から英語版バカ世界地図についてインタビューしたいって
メールがきた。。なんだかびっくり。便乗してブラジルいきたい。
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奴隷のジレンマ
主人に奴隷が過剰なサービスをするほど、
主人から軽視されるというジレンマを味わう。
うれしさは、意外性と、
(そのうれしさを)手に入れるコストに比例するので、
過剰なサービスはうれしさを損なうからだ。
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