おわりのはじまり
アメリカの空手道場で、生徒が先生を訴えたときがあった。
その生徒が昇段審査を落ちたのは、
先生の指導方法が悪かったためであり、
賠償金を払えという内容だった。
アメリカ人等の行動を理解するには、彼らは、
普遍的真理を求める衝動が強いことを理解しなければ
いけない。
この場合、「生徒が悪い」のが真実か、「先生が悪い」の
が真実かを彼は問うている。
つまり、彼はバカである。
「客観的」というと立派に聞こえるが、客観的というのは
物事の視点を一つに統一しましょう!という無理な前提
にたっている。なので、上のような話がおこってくる。
「客観的」は「視点を統一する手法」とでも平たく言えば
いいのではないか。「主観的」は、「視点を分散させる
手法」。それだけのことで、根本的な優劣はない。
日本でも裁判を奨励するような番組がでてしまい残念だ。
バカ日本人でよかったのに、客観性がかなり侵食してい
る証拠だ。客観性のむかう先は、生徒が先生を訴える
世界です。
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コメント
結局、裁判の結果はどうだったのか。気になるなあ。アメリカだしなあ…。
投稿者: Anonymous | 2006年11月23日 20:16
ホント、“訴えないと損”みたいな今の風潮は
悲しい限りですよね...(苦笑)。
すぐに訴えて人を不幸にするバカ。
訴えないで多少損な役回りでも丸く収めるバカ。
同じバカなら後者の方を望みたいものです。
投稿者: Ash | 2006年11月24日 09:51