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2006年11月28日

めも

すばらしい乳房だ蚊がいる (尾崎放哉)

よく、構想20年とかいう映画があるが、20年ずっと
考えていたわけはなく、さまざまな余計なことも
考えているわけで、

すばらしい乳房だと思った次の瞬間に、あ、蚊がいる、
と思う脈絡のないところに、現実感がある。

すばらしい○○だ□□がいる

という例文をつくってみるといい授業になるのだろうか。

すばらしい紅葉だハゲがいる

いまいち、、。

と思ったら、公募してた。

第9回 放哉賞 作品募集
尾崎放哉は生前、偉大なるバカ、と呼ばれていたそうです。

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2006年11月27日

空白の恐怖


週末、那須と宇都宮にいってきたのだけど、宇都宮、餃子屋多すぎ。

とある餃子屋にはいると、丁寧に「商品の説明」つきのメニューがあった。
しかし、説明しようがない商品を強引に説明しようとしているため、
わけがわからないものが多数。

「カレー風味餃子:カレー好きな方に是非」

ってこれ説明なのか。

「ピリ辛ゴマ入り餃子:今、人気の大人の味」

強引だし。

「水餃子:自分での調合が楽しみ」

意味がわからないし。

「シンフー特性スープ:美味しいです」

それいっちゃだめだろ。

「シンフー火の国:食べてわかるあつい心」

わけがわからないし。


こうまでしてなぜ空白を埋めようとするのだろうか。
埋めなかったほうがよかったのではないか。

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futo

「戦場のガルバン」だと、敵兵を倒している感じなんだけど、
「戦場のセバスチャン」だと、敵兵に倒されている感じがするんだ。

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2006年11月24日

アンビエント

「アンビエントミュージックは、意識して聴くこともできるが、また無視することもできる音楽」
(ブライアン・イーノ) via 田中浩也さん

アンビエントって最近よく聞くね。

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futo

今発売中のSEIBUNDO MOOK Webデザインノート No.1
に中村勇吾さんがどでかくのってて、
相変わらずのゆーご節が面白かった。

一度、なんかちっちゃい話を一緒にやらないかと言ったとき、
「谷口さん、それもう(できた図が)予想できてるでしょ?
予想できるものはやらない」という台詞が印象的だった。

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至上、もっとも無駄だった会議ってどんな会議なんだろうか?
無駄会議甲子園、とかいいかも。

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ヨミウリ新聞

明日(11/25)、ヨミウリ新聞の朝刊で借力が紹介されるようです。
ありがとうございます。

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2006年11月22日

適当手帳

高田純二の「適当手帳」を買って使おうとおもってたのだけど、、

日付すら自分で記入して、という適当すぎ!
ここまでくると手帳じゃねーよ。

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memo

「家が貧しかったために、世の辛酸を味わうことができた。
生来からだが弱かったがために、人に頼んで仕事をしてもらうことを覚えた。
学歴がなかったので、常に人に教えを乞うことができた」
(松下幸之助「人生心得帳」より引用・要約)

ポジティブ!

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ブログは、
誰が見ているかわからないから、怖いのか
誰が見ているかわからないから、面白いのか
面白いほうを重視したい。

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おわりのはじまり

アメリカの空手道場で、生徒が先生を訴えたときがあった。

その生徒が昇段審査を落ちたのは、
先生の指導方法が悪かったためであり、
賠償金を払えという内容だった。

アメリカ人等の行動を理解するには、彼らは、
普遍的真理を求める衝動が強いことを理解しなければ
いけない。

この場合、「生徒が悪い」のが真実か、「先生が悪い」の
が真実かを彼は問うている。

つまり、彼はバカである。

「客観的」というと立派に聞こえるが、客観的というのは
物事の視点を一つに統一しましょう!という無理な前提
にたっている。なので、上のような話がおこってくる。

「客観的」は「視点を統一する手法」とでも平たく言えば
いいのではないか。「主観的」は、「視点を分散させる
手法」。それだけのことで、根本的な優劣はない。

日本でも裁判を奨励するような番組がでてしまい残念だ。
バカ日本人でよかったのに、客観性がかなり侵食してい
る証拠だ。客観性のむかう先は、生徒が先生を訴える
世界です。


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2006年11月21日

後頭部でてはる人

友人の母親が私のことを「後頭部でてはる人」
と覚えていたそうだ。「誰やったかなーあれ、あの後頭部でてはる人」
といったかんじで。

人は他人をかなり適当に覚えているが、そのへん視覚化できんかね。

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2006年11月20日

1年ぶり

1年ぶりの方から連絡があって、おおーと思ってしまった。
メールソフトで、「この方とは1年間連絡をとっていません。メールしますか?」
なんて案内があってもいいかと思った。
そこまでうざくなくても、最終メール送信日となんかをマッピングしてなんか
人間関係補完できんものか。

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ちばブランドについて

大津さんに教えてもらった、
ちば環境再生基金のマスコット、ちば犬

脱力系もここまでいくと怖いから!
千葉がんばれ!

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占いと遇有性

私は占いは一切信じないが、
なぜか毎日ネットで占いはチェックする。
ランダムで出されるアドバイスなので、
遇有性、意外性に優れているから、
みているのだと思う。
遇有性を核にした商品って、他になにが
あるのだろうか。

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大衆小説

北方 謙三の「水滸伝」おもろ。

真珠夫人」とかを書いた大衆小説の先駆け、菊池寛は「太宰治とかの私小説は誰にでもかけるが、本当に難しいのは大衆小説だ」と講演で述べたという。真珠夫人も、いかに読んでいる人を楽しませるかに特化した大衆小説で、私小説と反対で、徹底的に自分をなくしている。

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2006年11月17日

memo

昨日いわれたことば。

谷口さんて、おとなしいんですね。
草食動物みたいですね。

真実を見通す人はいるものだなあ。

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2006年11月16日

memo

navylife
非常に美しいインタフェース

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memo

わだいになってるのであれですが、
あなたは世界で何番目にリッチ?
は構成がいいね。

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futo

シックスセンスのような、「最後に主人公が自分の正体に気付く」
というパターンにはどんなバリエーションがあるのだろう。

アル中を助けていた人が、実は自分こそがアル中だった、という
ショートムービーを作ってみたいと思った。

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2006年11月15日

memo

blomo使ってみるテスト

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ダイアグラム

秘密組織のダイアグラム?

おもろ。
昔、図解にこっていたころ、
図解の分類をしてたときに作った下記を思い出したので再掲。



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2006年11月14日

futo

夏目漱石の「坊っちゃん」で、教師同士がつまらない事で
言い争いになっているシーンに対し、どっかの国の人が、
どうして日本人はこんなこどもっぽいことで争うのだ?
って言ってたなあ。。なんだっけな。

それ以来山嵐はおれと口を利かない。机の上へ返した一銭五厘はいまだに机の上に乗っている。ほこりだらけになって乗っている。おれは無論手が出せない、山嵐は決して持って帰らない。この一銭五厘が二人の間の墻壁(しょうへき)になって、おれは話そうと思っても話せない、山嵐は頑(がん)として黙(だま)ってる。おれと山嵐には一銭五厘が祟(たた)った。しまいには学校へ出て一銭五厘を見るのが苦になった。

たぶんここだ。
両者が意地になって、両者の机のちょうど境目にお金がおきっぱなしになっているシーン。
最近子供っぽいことで言い争いそいになって、
なんて無駄な時間すごしてんだ、、、と落ち込んだので
意地についてすこし調べてみようと思う。「菊と刀」にも
ヒントがあるような気がする。

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欠点から探す職業

好きなものから職業をさがすってのになんか違和感があったのだけど、
「好きなもの」というのが、多分にメディアに影響されやすいので、
当人の特性と合ってないことが多く、道に迷いやすいからかと思った。

だとしたら、その人の欠点という、リアルな特性から職探しをしたほう
が効率的ではないか。うまくいっている人を見ると、上手に欠点を
生かしている(具体例は適当に想像ください)。

欠点というものの多くは、親か特定の環境下での視点でのみ、
ふさわしくない特性だから、欠点の転換方法は共有したら結構でて
くるのではないか。こないだ立てたウィキにも足していこうと思う。

--
ブランドとは約束である。任天堂はワクワクを約束している。
ところで、
みうらじゅんさんが指摘してたが、今「ガハハ」という笑いがなくなって
いる。豪快な明るさや、突き抜けた感じ。市場のなかで、ガハハ
がぽっかりない。どっかがやらんものか。(他人まかせ)
余談だけど、みうらさんは仏像すきだが、本人がソファーに座ってる
とき、かなり仏像っぽく見えた。仏像って姿勢に影響与えるのかな。


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2006年11月13日

memo

【千葉】 「ダサすぎる」「千葉県民やめたい」 ちば県新ロゴに、ブーイングの嵐

だめだ。面白すぎる。
ふと、電車をデザインしていた人の言葉を思い出した。

田舎で電車をデザインするとき、できるだけその田舎 の土着の色や形を使おうとするんですが、いつも 東京っぽいのでお願いします、って言われるんです。

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2006年11月12日

memo

玉ねぎを切っても泣かない方法

ワラタ

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2006年11月11日

「バカの門」と「バカ日本語辞典」の献本について

おそらく今年の11月末か12月になりますが、
おかげさまで、
この日記をまとめた「バカの門」(大和書房)と、
バカ日本語辞典」(技術評論社)を出版する予定です。

いずれもchakuwiki参加者の方には献本しますので、ご希望の方は、
下記を、までメールお願いします。

・chakuwikiでの登録名
・実名
・お届け先の郵便番号と住所
・ご希望本
 1. バカの門
 2. バカ日本語辞典
 3. 上記2冊とも

ちなみに、バカ日本語辞典ではchakuwikiでの登録名をクレジットと
として本にできるだけ記載する予定です。
chakuwikiは、参加者の方が立てた企画が多くなってきたので、
今後は書籍化の話があれば、それぞれの企画の主要メンバー
と相談しながら進めたいと思っています。

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百手

ハウツーを共有するwikiHowのようなサイトは、日本でもどっかがやって盛り上がるだろうと思ったのだけど、あんまりめだった動きがない。
参考:Wikiによるハウツー共有:wikiHowと知化道

というわけで、借力唯一の真面目コンテンツ、我流メソッド(自己流のテクニックの共有)を借力とは別の簡易なサーバに移してちょっとためしてみようと思う。

移転先:百手
まだスカスカだが。

wikiHowとかと違って、あくまで「自己流」のハウツーを中心にし、同じテーマに対し、いかに各人がバラバラな手法をおこなっているか、というのを楽しみたい。

例えば、しゃっくりを止める方法は人によっても県によってもバラバラだ。関西では、上半身を前に倒して、股の間に顔をもってきて、その状態で水を飲む、という方法で止める。一発でとまるが、関西圏以外ではあまり知られてないようだ。

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2006年11月09日

futo

デスノートが配布されたら、ニートのみ生き残るのだろうか、と思った。

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memo

わたしにも友人ができました。
aa.jpg
でもなんだか悲しくなりました。


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2006年11月08日

めも

古本屋でしかない?みたいだけど

「おもいあがり、ひねくれ、わざとらしさ」
L.ビンスワンガー 宮本忠雄:監訳

はおもろいです。
表題の心の三大疾患の原因をさぐっています。

おもいあがりは、間違った自己イメージを保つため、みうごきができなくなっています。
ひねくれは、先入観がつよすぎて、目の前がみえていません。
わざとらしさは、自分を見てもらうために、誤った方法を繰り返しています。
おれもなー

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memo

ベタの法則

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2006年11月07日

futo

小学校時代の思い出。

小学校3年のとき、演劇でなんかの役をやったのだけど、
そこでなんとかみんなを笑わそうとおもって、まじめな
場面ですべって転んでやろう、と思った。

それから、学校の裏山で自然に転ぶ練習を必死にして、
当日みごとに転んで笑いはとれた。

しかし、自然に転びすぎたため、わたしがわざと転んだ
のだといっても誰も信じてくれなかった。

家にかえると、当時六年生だったお姉ちゃんに、
「おまえの弟あほやな」って私までバカにされたやないか!ぼけ!
といわれた。まあ、そんな一日だった。


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2006年11月06日

memo

100SHIKI PR Board 参加ブロガー一覧
公開されてるとはしらなんだ。参加してます。


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futo

人よりもすすみて道をふむ人は
 はづる心やしをりなるらむ
 (昭憲皇太后)

イケイケな人は、恥を大切にしなければいけない、
という意味?

上機嫌さは、自分をどれだけ好きかに比例するが、
単に自分好きだとイタイ人なので、自分を客観視する
目線ももたなければいけない
(斉藤考の「上機嫌力」要約)

「○○すればいい!」という単純な本は、読む価値がない。
○○すれば、こんな副作用があるから、同時に□□すればいい、
という、トレードオフを意識している本のみ、読めばいいと思う。


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2006年11月02日

人の目がそんなに気になるか

人の目がそんなに気になるか

いい話ですね。夏目漱石の「私の個人主義」を思い出しました。

以下、青空文庫より抜粋。

今までは全く他人本位で、根のない萍(うきぐさ)のように、そこいらをでたらめに漂(ただ)よっていたから、駄目(だめ)であったという事にようやく気がついたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似(ひとまね)を指すのです。
(中略)
私が独立した一個の日本人であって、けっして英国人の奴婢(どひ)でない以上はこれくらいの見識は国民の一員として具(そな)えていなければならない上に、世界に共通な正直という徳義を重んずる点から見ても、私は私の意見を曲げてはならないのです。
(中略)
私はこの自己本位という言葉を自分の手に握(にぎ)ってから大変強くなりました。彼(かれ)ら何者ぞやと気慨(きがい)が出ました。今まで茫然(ぼうぜん)と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図(さしず)をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのであります。
(中略)
自白すれば私はその四字から新たに出立したのであります。そうして今のようにただ人の尻馬にばかり乗って空騒ぎをしているようでははなはだ心元ない事だから、そう西洋人ぶらないでも好いという動かすべからざる理由を立派に彼らの前に投げ出してみたら、自分もさぞ愉快だろう、人もさぞ喜ぶだろうと思って、著書その他の手段によって、それを成就するのを私の生涯(しょうがい)の事業としようと考えたのです。
(中略)
その時私の不安は全く消えました。私は軽快な心をもって陰欝(いんうつ)な倫敦を眺めたのです。比喩(ひゆ)で申すと、私は多年の間懊悩(おうのう)した結果ようやく自分の鶴嘴(つるはし)をがちりと鉱脈に掘(ほ)り当てたような気がしたのです。なお繰(く)り返(かえ)していうと、今まで霧の中に閉じ込まれたものが、ある角度の方向で、明らかに自分の進んで行くべき道を教えられた事になるのです。
(中略)
自己本位というその時得た私の考は依然としてつづいています。否年を経るに従ってだんだん強くなります。著作的事業としては、失敗に終りましたけれども、その時確かに握った自己が主で、他は賓(ひん)であるという信念は、今日の私に非常の自信と安心を与えてくれました。私はその引続きとして、今日なお生きていられるような心持がします。実はこうした高い壇の上に立って、諸君を相手に講演をするのもやはりその力のお蔭(かげ)かも知れません。

--引用ここまで

漱石は、自己本位について上記の説明をしたあと、「個人主義とは、自分が自由なことをするのではなく、他人の自由を侵さないことだ」と説明し、自己本位が飛躍して身勝手にならないように注意しています。

目の見えない人に対して色の説明をできないように、伝達できる情報は限られているのだから、自分にとっての一番の情報源は自分の感覚しかないのでしょうね。

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2006年11月01日

futo

イギリスのコメディ「リトルブリテン」で、
半ケツの男が、イギリス王室のアン
に会おうと守衛と交渉するシーンが
あった。
王室に対する暴言を、純粋に笑いと
して楽しんでいるのはすごい。
大人な国だね。
--

先日はありがとうございました
と書こうとしたら、
戦時中はありがとうございました
とうってしまった。
この人は大丈夫なんだろうか。

--
バカ殿の悩み
タモリ倶楽部的な笑いをイメージしている人と、
わらっていいとも的な笑いをイメージしている人が
話してもまったく話がかみあわない。
笑いって種類がありすぎるのにだれも体系だって
わけてないから、お笑いの打合せって大変そうだ。

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