借力[CHAKURIKI]
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ミュージカル「泣かないで」について

ちょっと前に、音楽座ミュージカル「泣かないで」を見た。
見終わって、周囲は感激して号泣していたが、
私はダメージを負ってくらくらしてしまった。

岡本太郎が、「政治・経済・芸術」の三権分立を唱えていたが、
テレビを筆頭に、今のメディアは純粋な経済活動であり、その
為、放送される内容は、みている人を心地よくさせ、テレビの
前に釘付けにするのが前提だ。

みている人が心地よくなるには、「いまのままのあなたでいい」
という自己肯定のメッセージを送ればよい。というのは、
自分が変化するのは苦痛を伴うことなので、逆に、いまのまま
でいいんだ!と思うのは非常に安楽なことだからだ。
テレビがやる自己肯定のパターンはいくつかあって、
「とにかく自分以外の誰かが悪い」という視点での攻撃的な
ワイドショー・ニュース番組も、「いまのままのあなたでいい」
というメッセージが前提の手法の一つである。

岡本太郎が、「芸術は、心地よくあってはならない」と言うのは、
上記の経済活動としてのメディアのアンチテーゼとして芸術は
拮抗しなければいけない、といってるのかと個人的には思う。

というのは、アメリカのお菓子が売上げをあげるためにどんどん
甘くなった結果、アメリカ人の舌が麻痺してしまったように、
「いまのままでいい」というメッセージをあびると、鈍感な
「俺っていい人!」になってしまうからだ。

「泣かないで」は、過度に自意識過剰な吉岡という男と、
過度に自他の区別が無いミツというコントラストによって、人
の現実としての美しさと共に醜さも克明に描いているので、
自分の醜さを見させられているようで、かなり心地よくない
部分も多い。

それでダメージを負ったのだけど、この種の、現実を直視する
がゆえのダメージは、経済としてのメディアからは得られない
ものなので、希少なものだ。ダメージを受けたということは、
ストレスを与えた筋肉が強くなるように、このミュージカルを
見る前と後では、私はどこか違ってしまっているだろう。
そこで喜びを得てしまうのは、単に私がマゾだったりして。

「芸術は呪術である」といったのも岡本太郎だが、
このミュージカルのとある箇所のフレーズとメロディが脳内
でいまでもリフレインしている。
原作「わたしが・棄てた・女」も読んでみようと思う。
つか見る前に読んどけ。

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コメント

確かに・・・
男女の関係以外にも、生きる上で気付かない内に色々傷付けているかもしれない。自分も見終わった後に自己認識の恐怖を覚えましたよ。

タローさんこんにちは。

映画の「隠された記憶」もその辺は似ているかもしれません。こっちは救いがないですが。。

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